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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)3510号 判決

原告

有限会社クリシユナ

被告

難波義雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二〇一万二二八〇円及びうち金一八六万二二八〇円については平成五年九月三〇日以降、うち金一五万円については本判決確定以降各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告代表者である岩本俊治運転の普通乗用自動車が、被告運転の普通乗用自動車に追突され破損した物損事故に関し示談がなされたが、原告が示談には車の販売による営業損害が含まれていないとして、示談の効力を争い、営業損害を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(1) 発生日時 平成五年九月二九日午前一〇時四〇分頃

(2) 発生場所 大阪市住之江区北島一丁目四番二九号先路上

(3) 関係車両

原告代表者岩本俊治(以下「岩本」という。)運転の普通乗用自動車(和泉三五つ六二二六、メルセデスベンツ五六〇SEC型、以下「原告車」という。)

被告運転の普通乗用自動車(なにわ五六に五八〇四、以下「被告車」という。)

(4) 事故態様

岩本運転の原告車が信号待ちをしていたところ、被告運転の被告車に追突され原告車が破損した。

2  被告の責任

被告は、被告の前方不注視という過失により本件事故を発生させたものであるから、原告車の所有者である原告に対して民法七〇九条により賠償責任を負う。

第三争点

一  原告の損害

1  原告の主張

本件事故により原告の被つた損害は、次のとおりである。

原告は、車の輸入販売を主たる業務としているものであるが、原告車については、顧客の中森勝美(以下「中森」という。)から買い受けの発注があり平成五年一〇月一日に同人に引き渡す予定となつていた。買い受けの発注価格は、車本体が七〇五万円であり、CD及びレーダー器具等の付属品の価格が一五万円であつた。

原告は、CD等の付属品を取り付けに行く途中で本件事故に遭い原告車を損壊させたので中森に車を納めることができなくなり、原告と中森との売買契約が解除された。

原告は、原告車の破損について、被告の加入している保険会社である東京海上火災保険株式会社(以下「東京海上」という。)から、二一八万七七二〇円を受け取り、原告車は、平成五年一一月に修理をしないまま三〇〇万円で売却した。

以上の経過であるので、本件事故により原告の被つた損害は、当初売却予定の七〇五万円から支払われた保険金二一八万七七二〇円を差し引き、更に修理をしないままで売却した三〇〇万円を差し引くと、一八六万二二八〇円が損害として残り、右金額が損害額である。

2  被告の主張

本件事故による原告の損害については、被告が自動車保険契約をしている東京海上を通じて示談交渉し、平成五年一一月一五日に示談金総額二一八万七七二〇円を支払い、原告はその他の請求は放棄するとの内容で示談が成立したものであり、右金額が損害額である。原告の主張する営業上の損害は、その内容が不明である。被告は原告との示談の際、格落ち損害を算定したが、原告車は初度登録から三年を経過しており、格落ち損害を認め難く、又原告車の所有者が一般のユーザーであればそもそも格落ち損害は認められないのであるが、原告車は、販売契約が現実に締結されているという事情があつたので、そのような事情を考慮して、被告は原告との示談の際、格落ち損害を認めたものである。従つて、原告の損害は右示談により全て填補されている。

原告は、修理をせずに原告車を売却したところ三〇〇万円でしか売れなかつたと主張するが、修理をしたうえで個人に売れば原告の主張するような損害は発生しなかつた可能性があり、右損害は、原告自らの行為により生じたものであるので本件事故と相当因果関係はない。

また、仮に営業上の損害があるとしても、特別損害であり、被告には原告がそのような安い金額で売却することについての予見可能性がないから、責任はない。

二  示談契約の効力

1  原告の主張

原告が、前記の差し引いた損害を営業損害として請求するのは当然であり東京海上の担当者である巽英幸(以下「巽」という。)が、岩本に対し、右損害は被告本人と別途交渉して解決すべきだと言つたので、その見解に従つて示談したのである。従つて、示談では、前記営業損害は除外されているのであり、原告が営業損害を請求しても示談に反するものでなく、原告の請求は認められるべきである。

仮に、巽がそのようなことを言わなかつたとしても、岩本は東京海上との示談交渉に於いて、営業損害は別に被告本人に請求できると錯誤して示談したのであり、右示談は錯誤により無効であり、原告には重大な過失もなかつた。

2  被告の主張

巽が岩本に対して、原告主張のような発言はしたことがなく、また岩本が巽に対してそのような請求をしたこともない。

原告の示談についての錯誤無効の主張は、動機の錯誤である。

仮に表示された錯誤としても、岩本は保険代理店業もしていて、格落ち損害の意味も知つており、自分の意思で示談書に署名捺印しているのであるから重大な過失がある。

第四争点に対する判断

一  事案の経過

証拠(甲一、二、三の一、二、四の一ないし四の四、五、乙一、二、証人岩本、同巽)によれば以下の事実が認められる。

原告は、昭和六三年三月一一日に設立され、自動車の輸出入、販売、リース、保険代理店業、貴金属、革製品の輸入販売を事業目的としているが、本件事故当時は主として、輸入車の販売を業務としていた。

原告車は、本件事故前である平成五年九月三日付けで原告と中森との間で販売契約が締結されており、右によれば、価格は車両代が七〇五万円、付属品が一五万円であり、納車希望日が同年一〇月一日であり、原告車の名義は同年九月二〇日付けで中森に変更された(甲四の三)。購入代金の一部である四〇〇万円については、中森が信販会社である株式会社ジヤツクスとの間でオートローン契約を結んでいたものである。本件事故は、岩本が原告車に付属品を取り付けに行く途中で発生したものであり、事故後、中森から、契約を解除したい旨の申し出があり、原告はこれに応じ、既に受け取つている車両代金およびオートローン金を中森や株式会社ジヤツクスに返却した。

本件事故後、原告車の修理費については、原告が見積りを依頼した中橋板金によれば、二九九万七六〇九円であり、東京海上の見積りは一八二万三一〇〇円であつた。原告は、原告車を修理しないままで、同年一一月一一日南光弘に金三〇九万円で売却した(甲五)。

平成五年一一月一五日、原告、被告間で「損害賠償に関する承諾書(免責証書)」(乙一)が作成され、右承諾書には、被告は原告に対し二一八万七七二〇円支払い、原告はその余の請求を放棄し、原告は被告に対し今後裁判上、裁判外を問わず何ら異議申立て、請求および訴えの提起等をしない旨の記載がある。

二  争点一 原告の損害

原告は、原告車の損害として、修理費、格落ち損害の他に営業損害を主張するのでこの点について判断する。

原告は、自動車販売業を営んでおり、本件事故により損傷をうけたのは、中森に売却し、納車直前の車である。本件事故により、売買契約が解除され、修理費についての見積りが出たが、原告は修理せずに売却した結果、当初売却予定の金額から、示談金と売却価格を差し引いた残金を営業損害であると主張する。

一般的に、車両損害について認められる損害としては、修理費、評価損、代車使用料、休車損などである。評価損は、格落ち損害ともいい、修理しても外観や機能に欠陥が生じ、または事故歴により商品価値の下落が見込まれる場合に認められるものである。原告車について評価損が認められるかどうかというと、修理して外観や機能に欠陥が生じると認めるに足りる証拠はなく、商品価値の下落が見込まれるか否かの点については、原告車はメルセデスベンツの高級車であるが、初度登録は平成二年一二月であり、本件事故まで三年を経過しており、評価損として認められるとしても、修理費の二割を超えないとするのが相当である。

そうすると、本件事故の原告の損害は、修理費に前記認定の評価損を加えたものであり、その金額で尽きている。

右以外の原告の主張する営業損害は、原告が修理しないで売却したことによる差額であるが、原告車は全損もしくは修理が著しく困難な場合ではないので、事故時の時価相当額と売却価格との差額が損害として認められる事案でもない。

よつて原告の主張は理由がない。

三  争点二 示談の効力

原告、被告間には前記示談書が作成されている。

岩本は、示談書が作成される際に巽に問い合わせてみると、示談書に記載の一切の損害とは、保険で支払われる分だけで、営業上の損害については、被告本人に直接請求してもらつていいとの回答をえたので示談に応じたと述べている。しかしながら、巽、岩本の各供述によれば、巽は、事故当時原告車は、営業上の車であり、顧客に既に売却されていたものであるところ、本件事故により右売買契約が解除されたとの事情は知つていたものの、本件示談の前に岩本が巽に対し、原告車が他の者に三〇〇万円で売却されたことについて連絡していないのであるから、原告の主張する営業損害については、巽が岩本から請求されたとの事実は認められない。

原告は、示談は岩本が営業損害は別に請求できるという錯誤に基づいてなしたものであり無効であると主張するが、原告の錯誤はいわゆる動機の錯誤であり、前記認定のとおり、巽がそのようなことを岩本に述べた事実はなく、示談の効力を左右するものではなく、示談は有効になされたものと認められる。

第五結語

よつて、原告の被告に対する請求は理由がなく、主文のとおり判決する。

(裁判官 島川勝)

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